代表からのご挨拶

 昭和51年3月大阪西区にて、スオミ商会を設立、当初は雑貨をUSA・フランス・香港等より輸入して卸していましたが、設立当初よりスオミ商会としたのは、青春時代の一時期を過ごした私の第二の故郷で有るフィンランドの商品をゆくゆくは扱いたいと思っていたからです。(「スオミ」は、フィンランド語でフィンランドを意味する言葉です。)

 私は1968年8月当時海外旅行が一般庶民にとっては高嶺の花であった時(当時1ドル360円の固定相場、持ち出し額はマキシマム$500)無銭旅行を思いたち、あり金をはたいて、横浜港よりフランス郵船の船底で香港、フィリピン、タイ、シンガポール迄船で、船上の社長そこから列車を乗りついでマレーシアのペナン島まで行き、当時死人が出たら海へほうり込むと言われていたBI(ブリティッシュインディア)の船底でインドのマドラスへ上陸。そこから文字通り無銭旅行で、インドで次の通過国パキスタンのVISAを取り、次へ進むという方法で、シルクロードをアフガニスタン、イラン、イラク、トルコユーゴスラビア、ブルガリア、オーストリアと多くの人のお世話になりながら、数ヶ月かけてドイツへたどり着いたのです。

 当時ヨーロッパからヒッピー達がインドのハシッシ(麻薬の一種)を求めてシルクロードを南下しており、彼等と情報交換しながらの旅は、苦々しくもあり、又エキサイティングでもあったのです。ヒッピーの情報では、アフガニスタンにカイバル峠という危険な場所があり、時々旅行者が殺され砂漠に捨てられると聞き、アフガニスタンにて私は唯一の財産であるヤシカのカメラをベレッタ(イタリア製ピストル)と交換しトルコの闇市で売りさばく迄、いつも肌身はなさず、後ろポケットに入れ持ち歩いたものですが、今考えると、安全のためとは言え、使いこなす自信もないピストルなんぞよく買ったものだと思います。なんせ5m離れるとてんで的に当たらず、自家製の安全装置とライフルマークのないコピー銃は、気持ちを勇ましくさせてはくれるが、かえって危険なものです。仮に強盗団と遭遇したとして、相手の使いなれたライフルと打ち合えば、間違いなく私は砂漠で白骨となっていたでしょう。

 さて、ドイツ・デンマークと皿洗いや工場勤めをしながら、ヨーロッパの最北端ノースケイプを目指しフィンランドを旅行中、親切なフィンランドの人々や美しい自然が気に入り、フィンランドで働き、そこで現在の妻と知り合い現在に至ります。
 
 ログハウスへのきっかけは、兵庫県でマシンカットの丸ログハウスを建てるのに、フィンランド人のビルダーが英語ができず、大使館の紹介で妻が通訳としてかり出されたのが縁で1990年より少しづつではありますが輸入を始め、2005年現在、700棟近くを販売してまいりました。私はアウトドア大好き人間であり、ログハウスは私のライフスタイルにピッタリ。古くは、ヒッチハイクで車が拾えず、道端でシュラフにくるまり寝たことを思い出します。ログハウスは私のライフワークと思い、今後も高品質なログを日本市場へリーズナブルな価格で提供していきたいと思います。
松井 洋二


フィンランドログハウスのスオミインターナショナル